今は、21階建てのオフィスビルになり、クラシック音楽のコンサートホール、印刷博物館、小石川テラスというレストランが併設されている。
前から行こうと思っていた印刷博物館を見学してきた。
60数年前の文京区水道端
・凸版印刷の工場のサイレンが時報がわり。
・大手の共同印刷や凸版印刷だけでなく小さな活版印刷の工場が一杯あった。
(東京・文京区は印刷の町、プロレタリア文学の「太陽のない街」は、共同印刷の労働争議が題材)
・家内工業的な製本をやっていたところで使っていた道具は30cmの竹の物差し、
その物差しで紙を二つに折っていた。
あの作業がどういうものか判らないが、家族総出でやっているのを見たことがある。
そういううちが沢山あった。
・かつては水道端、現在の地名は、水道、
日本で最初に出来た水道は、井之頭公園から引いてきた今の神田川。
子供心に水道端の「端」が嫌だった、当時の神田川は、汚いどぶ川だったからだ。
(徳川家康が作った時は、ちゃんと神田上水と言っていた。最後の将軍・慶喜公の屋敷もこの近所にあった。)

昔の活版印刷は、版画みたいなもの、
しかし、今の写植とかオフセット印刷は、よく分からない。
カラーのグラビア印刷は、人の目で色の調整をやっている、
具体的にはオフセット印刷の機械に取り付ける直径20cm、長さ2mぐらいのシリンダーのところをいろいろいじる、インクの調合か?
企業の社会貢献をメセナというが、この凸版印刷の博物館やクラシック音楽ホールの運営は、その好例、
60数年前の無機質な工場がこんな施設に変貌したんだから感無量ではある。
(今年のメセナ大賞に大日本印刷が選ばれた。
ルーブル美術館とのITを使った美術鑑賞ツールの開発が対象。)



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