深夜1時過ぎのテレビを泣きながら見た。
私達一家は、東京から千葉の九十九里に疎開、更に群馬県に避難した。
だから、東京の空襲は知らない。
終戦後6年間、千葉に居たので、東京の混乱も戦後の食糧難も知らない。
今でも残る嫌な記憶は、東京の小学校の給食、肝油、クジラ肉、脱脂粉乳、
みんな、平気で食べていたのが不思議だった。
◆親戚に預けられた孤児は、みなその親戚に邪魔者扱いにされた。
◆みんなが親と一緒に死にたかったと今も言っている。
誰一人生きていて良かったと言わない。
◆証言を拒んだ孤児が大半。
千葉にいる時に町外れに小さな食品店が出来た。
時々、お袋から買い物を頼まれた。
ちゃんと名前があるのにお袋は、『ひきあげ』と言っていた。
子供心に???
町中のお店より安かったのだろうが、大陸から引き揚げてきた人が始めたお店だった。
今思えば、みんなが『ひきあげ』と呼んでいたんだと思う。
全国で戦災孤児の数は12万人、
日本の総人口から考えれば大した数ではない、
しかし、その12万人は、生き延びたはしたが、国に棄て去られた〝棄民〟だった。
大陸に残されて中国人に育てられた残留孤児よりずっと過酷な運命だったかもしれない。
名前があるのに『ひきあげ』と言い、戦災孤児なのに『浮浪児』と言った。
差別した方は、無意識だからみんな忘れる。
差別された人は、怨嗟の声も上げずに沈黙を守った。
![にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ]()
にほんブログ村
私達一家は、東京から千葉の九十九里に疎開、更に群馬県に避難した。
だから、東京の空襲は知らない。
終戦後6年間、千葉に居たので、東京の混乱も戦後の食糧難も知らない。
今でも残る嫌な記憶は、東京の小学校の給食、肝油、クジラ肉、脱脂粉乳、
みんな、平気で食べていたのが不思議だった。
孤児たちの証言
◆親戚に預けられた孤児は、みなその親戚に邪魔者扱いにされた。
◆みんなが親と一緒に死にたかったと今も言っている。
誰一人生きていて良かったと言わない。
◆証言を拒んだ孤児が大半。
千葉にいる時に町外れに小さな食品店が出来た。
時々、お袋から買い物を頼まれた。
ちゃんと名前があるのにお袋は、『ひきあげ』と言っていた。
子供心に???
町中のお店より安かったのだろうが、大陸から引き揚げてきた人が始めたお店だった。
今思えば、みんなが『ひきあげ』と呼んでいたんだと思う。
全国で戦災孤児の数は12万人、
日本の総人口から考えれば大した数ではない、
しかし、その12万人は、生き延びたはしたが、国に棄て去られた〝棄民〟だった。
大陸に残されて中国人に育てられた残留孤児よりずっと過酷な運命だったかもしれない。
名前があるのに『ひきあげ』と言い、戦災孤児なのに『浮浪児』と言った。
差別した方は、無意識だからみんな忘れる。
差別された人は、怨嗟の声も上げずに沈黙を守った。
番組詳細説明より
今から70年前、昭和20年3月10日の東京大空襲は、一夜にして10万人以上の
市民を殺した。
その中で、両親を亡くし、生き残った子どもたちの悲劇はほとんど知られていない。
戦火の中を逃げのびた子、疎開先で難を逃れた子。
彼らは「戦災孤児」と呼ばれ、一人ぼっちで生きなければならない過酷な生活を強いられた。
国が起こした戦争で親を奪われた罪なき孤児たち。
しかし、孤児に対する国からの援助はなかったという。
終戦は、孤児たちにとって生きるための戦争の始まりだった。
当時、訴える術のない子どもだった彼らは、今、70代後半~80代になった。
命あるうちに、戦争の悲劇を伝えようと、重たい口を開け自らの経験を語り出している。
自らも孤児である金田茉莉さん(79)は、一人奮起し、同じ境遇にさらされた孤児たちがその後どんな人生を送ったのか、約30年調査を続けている。
番組では、金田さんの調査活動の足跡をたどりながら、戦災孤児たちの悲劇を明らかにする。
戦後70年を迎える今、「孤児たち」の声なき声に耳を傾け、あの時代の暗部に光を当て、戦争の現実を考えてみたい。
今から70年前、昭和20年3月10日の東京大空襲は、一夜にして10万人以上の
市民を殺した。
その中で、両親を亡くし、生き残った子どもたちの悲劇はほとんど知られていない。
戦火の中を逃げのびた子、疎開先で難を逃れた子。
彼らは「戦災孤児」と呼ばれ、一人ぼっちで生きなければならない過酷な生活を強いられた。
国が起こした戦争で親を奪われた罪なき孤児たち。
しかし、孤児に対する国からの援助はなかったという。
終戦は、孤児たちにとって生きるための戦争の始まりだった。
当時、訴える術のない子どもだった彼らは、今、70代後半~80代になった。
命あるうちに、戦争の悲劇を伝えようと、重たい口を開け自らの経験を語り出している。
自らも孤児である金田茉莉さん(79)は、一人奮起し、同じ境遇にさらされた孤児たちがその後どんな人生を送ったのか、約30年調査を続けている。
番組では、金田さんの調査活動の足跡をたどりながら、戦災孤児たちの悲劇を明らかにする。
戦後70年を迎える今、「孤児たち」の声なき声に耳を傾け、あの時代の暗部に光を当て、戦争の現実を考えてみたい。

にほんブログ村